2011年09月25日

'11 9.22 五十嵐浩晃ライブ in Holly's OBIHIRO その2

ライブの日の昼頃。池田のKさんとメール交換「楽しみだねぇ〜!」って。そして、「三重から来る人がいて、ラジオでリクエスト曲が同じだった」と興奮ぎみ。僕はこの段階で「三重からみえている人がいるとか、三重の方ますか?」ってオヤジギャグを五十嵐が言うと予想していた。

ホーリーズ.jpg

僕がHolly'sについたのが、19:10頃。開場10分後。会場の席は8割方埋まっていて、僕は一番後ろの方のカウンター席についた。実は2週間前の同じくホーリーズで行なわれた中川イサトライブの時に、僕は次の五十嵐の時、後ろのカウンター席に座ろうと決めていたのだ。僕は背が高いので、後ろの人が見えにくい状況をつくりたくないのである。それに、この席はトイレに近く、1ドリンク付きで呑みながら楽しめる五十嵐ライブではビールを呑もうと決め込んでいたので、トイレに近いのは都合が良かった。やはり演奏者の前を腰をかがめて横切るのは、どうしても心苦しい。

ここでトラウマなんだけど、僕は今まで総立ちになるコンサートに行って、後ろの人が見えない状況を2回か経験している。山崎まさよし、長渕剛コンサート。女性の背丈は当然150-160cmが多い。僕は五十嵐とだいたい同じ182cm。ひな壇になっている会場でもその落差は大きくて20cm、通常は10cmぐらいだろう。だから、後ろの席の女性の目線は僕の頭なのだ。後ろから「みえない・・・」と、か細い声が聞こえて、ハっとして(GOOならいいけど)BAT!

中腰になったりはするんだけど、とにかくコンサートを楽しむような感じではなくなってしまうんだよね。そうなっちゃうと。それ以来僕はド真ん中のいい席が空いていても、端の席を選んですわるようになった。真ん中の席だったとしても、ぜったい立たないようにしている。だから総立ちになると、逆に僕は見えないから、ゆっくり座って見るコンサートの方が好きだ。

中高生なんてみんな少ない小遣いから、チケットを買っている。コンサート前の数日のワクワク感が、前に座った奴のせいで台無しなんてことも少なからずあるだろう。そう思うと、僕は端がいい。逆に前に座るオヤジにイライラさせられるときもある。これは映画館で多い。オヤジ連中はマイペースな人が多いから、しゃべったり、意味不明に頭を揺らしたり、いびきかいたり、ガラガラなのに僕の真ん前に座ったりと・・・、後ろの席からスリッパで背もたれから半分見えているそのハゲ頭をはたきたくなることも多いのだ。

五十嵐ライブに戻る。会場を見渡すと3/4が女性、1/4が男性。平均年齢はどのぐらいだろ?アラウンド50ってとこだろうか(こんなことを書くと会場に来ていた女性に怒られそうだ)。

ステージング.jpg

マスターのホーリーさんに許可を得て、開演前のステージングを写真にとらせてもらった。ギター1本。これは昔五十嵐が使っていた秋田2号に似ているが違うギターだ。同じくタカミネ。秋田2号より小さく、クラシックギターのように弦を巻くところが穴になっている。

池田のKさんご夫妻にご挨拶した。五十嵐のイスの真ん前!さすがでございます。


予定の10分遅れ7:40に五十嵐登場!

五十嵐顔ちっちゃ!スレンダーボディー!
会場から拍手(ため息がでるとおもったがそれはなし)

まずは秋の歌からってな感じで、心地よいボサノバの前奏が始まった。
1曲目:インディアンサマー(しっとりとボサノバ)
<アルバム:想い出のサマーソングより>
五十嵐の最新Youtubeと同じバージョン。


この曲が好きで、ブログにコメントくれているなぎさんが来ていたとしたら、泣き出したかもしれん。

続いて、小気味のいいストロークの前奏。
2曲目:ブリージーナイト(ストローク、カットミュート)
<アルバム:ナチュラルロードより>
このバージョンは初めて聞いたけど、めちゃくちゃかっこいい!
僕の好きな曲が2曲も続いてMC

「一曲目はインディアンサマー、インディアンの夏という曲で(会場笑い)・・・小春日和という意味ですけど」ってな感じで、堀江淳の話。堀江淳は会場とお店をつなぐのが上手く、飲み屋でのライブなどで「マスターここの席の方に水割りをください!」とか言うらしい(爆笑)。ちなみに堀江淳のブログのタイトルは「お湯割りをください」だ。

H2Oの中沢堅司さんとの新ユニット「コンド55歳」の話。
目を横に移すと、三重からおこしのKさんが、コンド55歳のロゴの切り取りを回りの人に見せていた!!

ここで、前回ブログに登場した、Tさんの話。五十嵐を見て「ナントカのペガサス!」と。「ペガサスのナントカ」ならわかるけどって話で会場爆笑。

あと、五十嵐はライブなどで、必ず「五十嵐」という名字にまつわるギャグを言う。今回は帯広ということで、「五十嵐おびひろあき」と言っていた(少しだけウケる)。

3曲目:愛は風まかせ(しっとりボサノバ)
<アルバム:ノーザンシーンより>
間奏の変調がかっこよく、この曲にハマっている!シビれた。
これは最新youtubeとはちょっと違うぞ!

4曲目:トワイライトボッサ(カラオケ&ボサノバギター)
<アルバム:そよ風の頃より>
♪ぼんやり夕日を見ながら口笛♪
ここで口笛なんだけど、息がマイクにかかってしまった。五十嵐は口笛が上手いんだけど、ここはちょっと残念。たしかに口笛は息をマイクにかけないで、音色だけマイクに乗せるのは歌いながらだと難しい。

口笛ってのは、本当にいい。「そよ風の頃」ツアーで聞いたトワイライトボッサでの五十嵐の口笛はすばらしくて驚いた。口笛ってスゲェー。他に僕がビックリした口笛は、「有山じゅんじ」だ。帯広エルパソで憂歌団の木村氏と組んだライブ「有山くんと木村くん」で、超いい感じで口笛を吹いて感動した。

とにかく、ここまで五十嵐らしいボサノバが4曲も続いて、僕はこれで十分に満足してた。

ここから、五十嵐の生い立ちと音楽との関わりについて、トークが始まる。
「僕のオヤジが・・・・・・ペガサスの父とも呼ばれてますが・・・」(爆笑)

中学校の音楽の先生「十河(そごう)先生」と出会い、音楽をつくるようになったという話。

歌志内(本籍)→美唄(生まれ)→静内の真歌山(高校)と父の転勤についていき、歌に関わる地名を転々としていたという話。

高校時代歌った「こんぶとりのうた」の話。
静内時代、高3の時に学祭で歌ったこの歌は、超大人気になり、学校の昼の放送でもけっこうな頻度でかかっていたらしい。それ以来、みんなから「コンブ」と呼ばれるようになったというところで、会場爆笑!
こんぶとりの歌で、札幌のコンテストに出場したそう。

僕は「コンブ」というアダ名で思い出していたのが、中村雅俊主演の青春ドラマ「俺たちの旅」の「わかめ」だ。わかめは、カースケ(中村雅俊)、オメダ(田中健)、グズ六(秋野太作)と同じ下宿に住む受験生、ヨレヨレのドテラを着ていた森川正太。会場の年齢層のことを考えると、コンブというアダ名で、森川正太の顔を思い出していたいた人が、僕の他に必ず1人はいるとにらんでいる。

5曲目:イノセント(ストローク)
<アルバム:ナチュラルロードより>

久しぶりに聞いたイノセント。良かった・・・。吹雪の日につくった曲だそう。
ここで、前回のブログで書いた、ペガサスの翼をつけて歌わなくてはならなかった苦労話。東京からはるばる巨大な翼を持ってきて、イヤとは言えなかったと。

6曲目:ナチュラルロード(アルペジオ)
<アルバム:ナチュラルロードより>

これはうれしかったね。ナチュラルロード。この曲は大きな曲だとおもうんだよね。テーマが。曲調が。だから、ナチュラルロードツアーのアンコールの最後の曲なら分かるけど、コンサートやライブ、イベントで歌う時は、そのタイミングが超難しい曲だとも思うんだけどね。だから、僕は生ナチュラルロードは初めて聞いた(と思う)。

続いて大学の話。ライブ会場をたくさん掛け持ちしていて、バンド(きっとブリージーのこと)で数々のコンテストに出ていた話。コンテストでは落ちていたという。


五十嵐は後輩のすすめで、一人でポプコンに出ることになる。ポプコン予選に出る曲は全く決まっていなかったけど、応募用紙のタイトル欄に「恋のピリオド」と書いたそうだ。曲のタイトルだけ先に決めたという。
その後、ポプコン前に五十嵐は本当に恋のピリオドを迎える。彼女に振られた話。落ち込んだ五十嵐の頭に浮かんできたのが、原曲「恋のピリオド」、その後の「ディープパープル」のメロディーだそうだ。

♪いつも ふーられてばかりだけど♪
→それは だーれのせいでもなくて♪

♪こころを ひらくよ♪
→あなたが おとこで♪

♪占いを 信じて♪ 
→特別  ここで♪ 

♪いないかったわけじゃないけど♪
→なくてもいいけれど♪

その後トランプのナントカとなるんだけど・・・メモおよび記憶なし。

♪知らず知らず さめていった日々に♪
→白い君の肌  お僕の腕に♪

♪まだ気づけずに♪
→からみついて♪

この「恋のピリオド」(後のディープパープル)でポプコン予選で賞をとり、CBSソニーの人の目にとまり、デビューのキッカケとなったらしい。

7曲目:ディープパープル(アルペジオ)
<アルバム:ノーザンシーンより>

ここで、中休み。おしっこしたくない?って、休憩!ってことになる。
80年代を代表する・・・いや戦後を代表する名曲「ディープパープル」の誕生秘話を聞いて、感激した。


休憩



8曲目:今日かぎり(ストローク)
<アルバム:ノーザンシーンより>
メチャメチャ良かった。

今のミュージシャンと昔のミュージシャンのスケジューリングの違いについての語り。アルバム制作のペース、コンサートのペースが今はゆっくりだけど、当時は非常にタイトであった。年間200-300のライブをやってくると、声のツブ(五十嵐はこんな言い回し)が変わってしまったり、ポリープができたりして、大事なものを失いながら、当時のミュージシャンは歌い続けたという話になる。
(この辺は三角山放送でもやっていた)。

9曲目:こんぶとりの唄
<アマチュア時代の曲>

前述したが、高校時代の学祭で歌った曲で、
五十嵐が校内で有名になった曲である。

この曲の詩は、まだみんさんのブログにも出てくる。
最初はバラードから始まる
♪君はまだ覚えているだろうか〜
     中略〜さぁ、はじまるぞ!コンブとりの唄ぁ〜♪
ハイテンポに変わる
♪コンブ〜とりの唄を、君も〜歌おう!
  中略〜あのすばらしいコンブとりの唄ぁ〜♪

「・・・・で、コンブと呼ばれるなったの」(オレ爆笑)

実は僕はこんぶとりの唄を聞くのが初めてだった。長年聞きたかったので夢がかなった。
そして昔作ったという「白い風」のさわりを歌う。

はっぴぃえんどに衝撃を受け、プロ後の鈴木茂、松本隆、大滝詠一(いずれもはっぴぃえんどのメンバー)との出会いの話。その後、三角山放送にもあった大滝詠一の家にいって、一度落ち目になったミュージシャンが復活する2つの方法を聞く話。
@作曲家(ソングライター)としての復活
Aイメチェンで復活(RC清志郎の例)

五十嵐は当然曲の合間に何度もチューニングをするんだけど、チューニングしますといいつつ、チョーキング(ギターの弦を上に押し上げて音を上げるテクニック)をして、「あ、コレ、チョーキングだった」とか言って笑いをとっていた。このギャグを何度もやるもんだから、3回目ぐらいで笑ってしまった。

10曲目:far away
<デビュー25周年記念 Collectors Box 1988~2002>

僕は初めて聞く曲だった。岩男潤子さんに書き下ろした曲だそうだ。谷村新司も歌ってたそう。
そして、UFOを見た話。
五十嵐は3回見たそうだ。20歳の頃別海で、32歳の頃札幌白石区で、そして最近占冠で。
それは明らかにUFOで、五十嵐だけでなく、他の人も見てるんだけど、しばらくみんな興奮して見るんだけど、10分もすると飽きてきて、「もう帰ろうか?」って話になるらしい。「そこにUFOが明らかにあるのに、なんでもういいの?」みたいなことを言って、会場大爆笑。

その後、遠くは熊本、三重、大阪からきた人だれですかぁ?と手を上げてもらって、みんなから大拍手。大阪の方から「デッサンの曲(ごめんなさい曲名ききとれず 僕デッサンもってないのでちょっとわかりません。でもサワリを五十嵐が歌ってなまらいい歌だった!)」、三重のKさんから「明日を信じて」のリクエスト。熊本の方はさんまのカラクリテレビを見て、五十嵐がイイと思ったそうです。だから、最近五十嵐のファンになり、はるばる熊本から飛んできたことになる。

そして、五十嵐からこのお三方を中心に、即興の曲をプレゼント。歌詞は覚えてないけど、こんな感じ。
「熊本からぁ〜(拍手) 三重からぁ〜(拍手)名前はミエってゆーんですか?(やっぱし三重でのオヤジギャグ)、大阪からぁ〜(拍手)、ホーリーズのマスター(拍手)、帯広のみなさん(拍手)サンキュー、サンキュー、サンキュー照代、ありがとう」みたいな曲でした。サンキュー照代(渋滞の先頭は何してるのかと考えてたら夜もねむれないというギャグがある漫才師)はホント。

僕は後ろから見ていたので、大阪からの方、熊本(五十嵐はクマポンと言っていた)からの方、は目が潤んでいたのを見た。三重のKさんは真後ろで表情確認できず。

11曲目:街は恋人(ボサノバ風ギター 不思議とボサノバも合うかも)
<アルバム:ホワイトブルーより>
12曲目:ペガサスの朝(ストローク)
<アルバム:ナチュラルロードより>
ペガサスは、コメントをくれているゆかりさんの違和感のある方、♪そうあの日から〜時は(ここで間)ペガサスの翼♪で歌っていたような気がする。会場と一緒になって歌った。会場のボルテージが一番上がった。五十嵐のカット&ミュートのギターが超かっこよかった。

ここで、やらせでアンコール手拍子。やらせというのは、狭い会場なので、出たり入ったりしてもしょーがないって感じで。アンコール拍手に照れくさそうに「マジかよ!ホントかよ!」とわざとらしく言う五十嵐(自分的には一番オモシロかった)。からくりTVで久しぶりに会った明石家さんまの話。さんまさんは、苦手な人がいないんじゃないか?って話。その後話題は変わって、人は不完全だから愛されるって、ゲーテの言葉の話。
アンコール:真夜中のモノローグ(アルペジオ)
<アルバム:Red Sky at Nightより>

これがめちゃめちゃ良かった。超しんみり。打ち上げの時、三重からきたKさんと、「真夜中のモノローグめちゃくちゃ良かったね!」って。

実は五十嵐は31年もプロシンガーをやって、多数のシングルやアルバムをリリースしているのに、ライブアルバムが1枚もない。ライブ版の楽曲も1曲もリリースされていないのだ。本来五十嵐のようなライブで鍛えられてきたシンガーは、ライブ版がないのがおかしいんだ。それにライブ版でこそ、五十嵐の良さが引き出されると思うんだ。大滝詠一の復活する手段ウンヌンはわかるんだけど、五十嵐はまずはライブ版を出すべきだと思うのは僕一人だろうか?DVDでもCDでもいい。CDの方がいいかな?車や仕事中でも聞けるから。

僕は初期の長渕剛のライブアルバム「LIVE」、泉谷しげるのライブバージョンのシングル「春夏秋冬」等、その語りやギターの生音、生声にえらく感動し、そのミュージシャンをライブ版がキッカケで好きになったのだ。だから、初めてアルバムを聞くミュージシャンは、ライブアルバムがあれば、それを選ぶことも多いんだ。ライブ版のリリースってのは、僕はけっこう大事だと思う。

とにかく、五十嵐のMC、ギター、歌声、会場の空気を、みなさんに伝えたいと思うのは、僕一人ではないだろう。綾小路きみまろ並の笑いがあり、すばらしい楽曲と歌声、すばらしいギターがある。ミュータウンレコードのみなさん!(このブログみてないと思うけど)どーか、ライブ版CDをリリースしてください!!!

オーラス:明日を信じて(カラオケ)

14曲を歌い上げ、会場大拍手で、五十嵐はステージを降りる・・・・・

五十嵐浩晃 20年ぶりのニューアルバムが近くリリースされる!


がんばってとったメモ(6ページに及ぶ)。
※メモからおこした原稿なので「  」内の五十嵐浩晃さんの話言葉は、正確なものではありません。
イガメモ.jpg

素敵な会場、美味しい料理!音楽好きで、バイクもやっていたという、やさしいマスター帯広Holly’sからのお知らせ。

2011/10/22(土)
江口正祥ライブ

出演
江口正祥


開場 18:30
開演 19:00

料金\3,500
(1ドリンク付)

場所: ホーリーズ
帯広市西21条南5丁目18
TEL: 0155-34-8388
E-mail:dion5963@hotmail.co.jp













posted by むし at 03:20| 北海道 🌁| Comment(20) | ライブ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月23日

'11.9.22 五十嵐浩晃ライブ IN Holly's OBIHIRO その1

今日は僕の住む帯広で五十嵐のライブがあったのです。
正確にまず書いておこう。
2011年9月22日
五十嵐浩晃ライブ
帯広市西21条南5丁目
小さなファミリーレストラン Holly's
(ホーリーズ)
19:00開場 19:30開演

こんな日に限って忙しい。それでも、次の日に回せる仕事を回して、僕は18:50にはなんとか家を出発できた。自転車で。自転車に乗って五十嵐に会えるなんて、道外にお住みのみなさんには大変申し訳ないが、幸せだ。

僕はライブ会場に向かう途中で、買ったものがある。それは白いTシャツだ。この白Tに五十嵐のサインをもらおうという魂胆なのだ。白T3枚。五十嵐のCDを買えば、きっとサインがもらえるはずだと思ったのだ。1枚は僕の。2枚目は池田のKさんの。3枚目は、五十嵐ファンをつないでくれているたかやんにプレゼントしようと思ってたのだ。

結論を言えば、僕も池田のKさんも、たかやんにも、Tシャツは当たらない。
なぜなら、その3枚のTシャツを他の人にあげてしまったのだ。ごめんなさい。
誰にあげたかというと、帯広のライブにはるばる熊本、大阪、三重からいらっしゃった方々にあげたのだ。五十嵐は気さくに3枚のTシャツにサインをくれた。イガりんありがとう。
そんな遠くから来たということを、五十嵐がライブの途中に教えてくれて、僕は帯広だから、なにかしてあげたくなったというわけだが、僕がつつましい人間ならば、こんなことを最初に書かないだろう。

僕は現場用の野帳を手に、五十嵐の披露した曲、MCなどをメモした。ただ、ちょっと今日はもう寝たいし、画像などもサイズを変えたりできる環境にはないので、本題のライブの内容は明日以降に数回にわけてアップしたい。

今日は、ライブ進行とは関係ないことをずらずら書こうと思う。

実は今日、僕はひょっとするとライブが中止になると思っていた。それは台風が昨日今日とちょうど北海道、とくに帯広を直撃するという予報だったからだ。

僕は川の仕事をしていて、川にかかわる役人が昨日今日と徹夜で待機していることを知っていたから、これはひょっとするとヒドイことになるかもしれないと予想していたんだ。ところが、たしかにかなりの雨が北海道に降ったけど、大事にはならない程度で済んだ。

五十嵐の移動日が、たとえば今日であっても五十嵐は無事にライブをできただろう。でも、五十嵐は台風でライブが中止にならないように、昨日から帯広に入っていたそうだ。なんてやさしいんだろう。

今日の帯広ライブの料金は¥4000だ。金の話しなんてしたかないけど、30人にも満たないライブ、五十嵐のギャラなんておそらくたがか知れているだろう。移動費、宿泊費、会場費、諸経費差し引いたら、どーなんだい?

でも五十嵐は余計な金を使ってまで、帯広に前日入りしてくれたわけだ。イガイガ、ありがとう。

五十嵐のライブでまず感じたのは、五十嵐の歌い方が若くなったということだ。もちろん、54歳になる五十嵐の年輪は感じるんだけど、地声で大きな声で歌う、昔の五十嵐の歌い方に戻ったような気がした。実はこれは僕にとって、とても嬉しいことだった。僕はそれでこそ五十嵐!っておもうんだけど、僕と違う感想をもつ人もいるかもしれない。

ライブはギター1本の弾き語りだった。正味2時間30分ぐらいだろうか。2曲だけカラオケをつかっていた。MCはあいかわらず面白く、これについては詳しく書こうと思う。曲は「そよ風」以前の曲が7割程度。それ以降の曲が3割ぐらいかな。

五十嵐の小学校以来の歴史を話ながら、それにまつわる曲、原曲などをまじえながら、とてもなごやかにたのしくライブは進行していった。

今日は小ネタで終わらすけど、あした以降はいろいろ詳しく書くのでかんべんして欲しい。

五十嵐はモノマネがうまい。ってゆーか、よくMCでモノマネをするのだ。
今日のモノマネは、まず目がうるうるしている佐藤珠緒。五十嵐がロケでペガサスの翼をつけて歌うというなんとも泣きたくなるようなエピソードで、レポーターの佐藤珠緒の(ぶりっこ)のモノマネをしていた。これはけっこうウケていた。

それとデビュー当時のプロデューサーのマネ。「俺はエーちゃんのプロデュースにも関わったんだ」とエーちゃん風に口を曲げて五十嵐に語っていたのをマネしていた。おそらく、この人は「あいつのモンタージュ」にも出てくる、芸能界に入ることに躊躇していた五十嵐の親を説得した高久光雄(ミスターT)のマネだと思う。

あと、高校時代にやっていたという美空ひばりのマネ。これは似ていた。

今日はやらなかったけど、去年の帯広ライブ「梵」の時、松山千春のモノマネをしていたんだけど、これは超ウケた。「お、イガラシ、お、何か困ったことがあったら、お、俺んとこコイよ」みたいな感じでこれが似てるし、おもしろいし、最高だった。

しかし、千春のモノマネならば、一番ウマいのは、同じ北海道を根城にしているフォークシンガーみのや雅彦だろう。いろんな千春のそっくりさんがいるけれど、みのやに勝てる奴はいない。彼は北海道でラジオ番組をやっていて、たまにマネをするんだけど、まさに千春だ。千春に憧れてシンガーソングライターになっただけはある。みのやの自分の曲ですら、千春にそっくりだもの。半端じゃない。

あと、五十嵐がポプコンに出場するキッカケとなった後輩のモノマネもしていた。後輩といえば、「そよ風の頃」のツアーの時、後輩の作った曲をマネたことがあったのだけど、これは本当におもしろかった。これについては、ALL OUT ツアーの時のブログで詳しく書こうと思う。

それと、五十嵐はたまにお客さんをイジるんだけど、今日はTさんがイジられ、大変会場が盛り上がった。Tさん、ありがとう。それはどういうことかというと、Tさんは夜のライブの前、昼間に会場に訪れたのだが、打ち合わせに来ていた五十嵐を本人と確認すると、「ナントカのペガサス!」と言ったそうだ。

五十嵐は「ペガサスのナントカ」ならわかるけど、「ナントカのペガサス」と言われたのは初めてだと言って、会場は大爆笑。そのあともこの「ナントカの・・・」ってのが、大いに語られたわけだが、「ナントカ」という表現を、本来の逆に位置するとオモシロイかもしれない。

それから、今日はるばる三重から来てくれたKさん。このイガブロを読んでくれていて、僕に声をかけてくれた。こんな嬉しいことはない。もちろん、たかやんのブログをずっと読んでいて、イガブロもその関係で見てくれているということだ。なんか、ブログを通じて、五十嵐の輪が広がるってのを現実として感じることができた、なんともいい日だった。

今日はねむいから、また明日かあさって、ライブの進行について書こうと思う。メモがあるから、いろいろ思い出せると思う。
posted by むし at 02:02| 北海道 ☔| Comment(14) | ライブ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月21日

ガールフレンド

ガールフレンド.jpg
※Red sky at Night 歌詞カードより

ガールフレンドは1984年に出た、五十嵐の9枚目のシングルレコードA面に入っている曲である。この曲は五十嵐のベスト版のDisk1(五十嵐のシングルA面を集めたCD)でCD化されている。僕が高校1年生の時にリリースされたシングルだ。

当時は五十嵐のリリース情報を、レコード屋に通って直接レコードがあることを確認するという、なんとも直接的な方法で得ていたが、ガールフレンドは、五十嵐ファンで僕の親友のN君が、「五十嵐シングル出てるゾ」と教えてくれたんだっけ。

僕はその後直接レコード屋で確認した。あった。うれしかった。当時は僕も高校生になり、バス→地下鉄→バス、というなんとも不便な方法で札幌郊外の高校に通っていたので、その途中によりみちする場所はたくさんあったのだ。ガールフレンドは、地下鉄とバスの中継地点である、札幌琴似の地下鉄の入り口紀伊国屋地下の玉光堂で、買ったんだ。

だが、僕は五十嵐のレコードがあるのを直接確認しつつも、しばらくはガールフレンドを買わなかった。なぜなら、「きっとすぐ待望のLPが出るに違いない」と思っていたからだ。シングルを買うも、同じ曲がLPに入っていたら、金のない当時は損した気分になり、ぼくはまるで、引き立て役の間の抜けたソバカス少年みたいではないか。

ところが、待てど暮らせどLPは出ない。五十嵐好きの度合いがピークに達していた頃だったので、目の前に五十嵐の新曲レコードがあるのに、それを買わないでいるなんて、まるでお預け食らったイヌではないか。当然僕はがまんができず、シングルのガールフレンドを買った。

この時は意識しなかったけど、僕の中でガールフレンドは

「五十嵐が変わった」

ターニングポイントとなる1枚なのだ。これはあくまで、僕の意識の中での話だけど。

それまでの五十嵐を色でたとえるなら、「グラスグリーン」「オーシャンブルー」「スカイブルー」「ブルースカイブルーは西条秀樹」「ウォーターブルー」というイメージ。ところが、ガールフレンド以降は、「黄昏オレンジ」というイメージだ。意識してかしてないか、ガールフレンド以降のジャケットは、「オレンジの世界地図」、「レッドスカイアットナイト」、「ディスタンス」、「ディスティネーション」等オレンジ系が地色となっている。

歌い方も、「元気な声を張り上げる、地声でバラード系を歌う」から、「やさしい歌い方、ソフトな歌い方」になったような気がする。

詩も「フレーズ勝負」から「ストーリー勝負」に変わったような気がするのだ。

ファッションも、ジーパンにシャツ、ジーパンにヘインズTシャツというイメージから、スラックスにジャケット(たまにド派手な黄色い衣装)に変わったようなイメージ。

要は、若者から大人に脱皮したような感じになったと思う。もちろん、編曲が鈴木茂から西本明に変わったり、スタッフやレコード会社が変わったりもしたのだろうから、当然といえば当然かもしれない。五十嵐が27-28歳の頃だ。

髪型もカーリーヘアーから、普通のヘアーに変わった。実はカーリーの断髪をしたのはもっと前で、「そよ風の頃」のジャケットはカーリーだったのだが、そよ風の頃のコンサートツアーではすでに髪を切っている。もし、ステージで断髪式をしたとすれば、最初にハサミを入れるのは、ライバル堀江淳、そして五十嵐が大好きだったシュガーベイブの山下達郎(このとき切ったハサミで自らの長髪も切り落とすというサプライズ)、アマチュア時代の兄貴ブリージーの赤間敏彦(ここで五十嵐の目に涙)、最後にハサミを入れるのは師匠の鈴木茂だろうか。

そして本題のガールフレンド。
この曲で長年理解できなかった(今も不明)ことがある。この詩のサビでもあるフレーズだ。
♪抱きしめたい  友達の前で♪
なぜ、「友達の前で」なのだろうか?

ガールフレンドの作詞は五十嵐本人だ。この詩には3人の登場人物がいる。
「ガールフレンドである君(女)」「主人公である僕(五十嵐)」「友達(一人もしくは複数)」
♪いつか二人夢をみていた土曜日の朝♪
♪二人で選んだ白いコート♪
♪寒くて震えていた二人の愛が終わり♪

間違いなく、二人は(ヤったかどうかは別としてw)好きあっていたのだ。
ところが、タイトルはガールフレンド。
ガールフレンドという言葉は、とても気軽で使いやすいけど、内容は複雑だ。友達なのか、彼女なのか、友達以上恋人未満なのか分からない。しつこいようであるが、ヤったかどうかもあいまいだ。もし、僕の息子に「俺のガールフレンド!」って女の子を紹介されたら、僕はどう思うだろう?「ヤったのか?友達なのか?」あぁぁぁぁ〜!もういっそのこと、彼女ですといってくれぇ〜!という気持ちになるのではないか?

明かに付き合っていたと思われる「君」と「僕」。
別れのストーリーのタイトルが、なぜに「ガールフレンド」なのか?なぜに「友達の前で抱きしめたい」のか?
これが、ナゾなのだ。

友達の前で抱きしめたいなんて思う人種は、アメリカ人ぐらいなのではないかなぁ。アメリカ人でも、僕のような間の抜けたソバカス少年タイプは、やっぱり二人きりの時に抱きしめたいよ。

そこで、今んとこの僕の結論はこうだ。
僕(五十嵐)もしくは君(ガールフレンド)の元カノ、元カレがきっと友達の中にいたのだ。だから友達グループの中で、二人の恋仲は公表できなかった。だから、表面上は「ガールフレンド」なのだが、本当は二人は愛し合っていた。そんなストーリーを想像している。

だから、「友達の前で抱きしめて」二人の仲を知らしめ、コソコソ付き合っているのは、もうヤメたい!ということなのだと、勝手に想像している。

女というのは、そのような煮え切らない状態が嫌いなんだ。だから「もうダメみたい」と言って、五十嵐は振られたんじゃないかなぁ。男は友達に元カレがいて友人関係が気まずいってのは、究極的にテレくさいし、友達も大事なんだ。

♪何もできない 多分君なしでは。 わかっているハズなのに なぜ言えないのか♪
女は煮え切らない野郎だなって感じだろう。

だが、男の僕としては・・・・・・

「わかるよ、イガリン。わかる。」





posted by むし at 07:54| 北海道 ☁| Comment(8) | 楽曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月19日

井上尭之


この春のFM局三角山放送局の五十嵐特集の時、五十嵐の事務所の社長(社長ではないようなコメントもあったけど)が井上尭之さんで、井上尭之曰く「五十嵐にはたくさんの金をつぎ込んだ」というような話があったんだ。

僕はそのとき、はじめて五十嵐と井上尭之の関係を知った。
驚いた・・・
別に五十嵐のプロデュースに多くの金を使ったことに驚いたのではなく、五十嵐と井上尭之がそんな親密な関係であることに驚いたのだ。

井上尭之については、もちろん「ザ・スパイダース」のギターで、「傷だらけの天使」、「太陽にほえろ!」など多数の演奏を手がけてきて、冒頭のyoutube「愚か者」を作曲した人でもある。

「愚か者」で思い出すのが当然マッチ(近藤真彦)なのだが、井上尭之のこの弾き語りではじめて、この曲の良さを認識したわけだ。アイドルで、若くしてこの曲を歌うことになったマッチが悪いわけではないけど、僕はだんぜん井上尭之の歌やギターにシビれる。

ショーケンの「愚か者」も、すべてさらけ出してイっちゃってる感じがいい。


井上尭之のレコードを僕は持っている。「太陽にほえろ!サウンドトラック」。このレコードはもちろん井上尭之バンドが好きで買ったワケではなく、太陽にほえろ!の様々な挿入曲を聴きたかったからなのだが、僕がはじめて井上尭之という名を意識するキッカケになったのだ。

この「太陽にほえろ!」のサントラを買ったのは、僕が小学生か中学生の頃、札幌にある4丁目プラザ(通称4プラ)、7階自由市場にあった古レコード屋「レコーズ・レコーズ」だ。

「レコーズ・レコーズ」は当時札幌でも数少ない中古レコード店で、僕は街に出かけると必ずレコーズレコーズに寄って、興味があるジャンルのレコードを物色したものだ。五十嵐には申し訳ないけど、金がない頃でもあったので、五十嵐のレコードもアルバム「ナチュラルロード」、「想い出のサマーソング」の2枚はこの店で中古で買った。

レコーズレコーズには少なくとも毎月以上の割合で行った。小学生の頃から行っていたので、僕は正面に縦置きされている大量のレコードを、奥の方から次々に引き出し、ジャケットを確認する手さばきはけっこうなモノだった。高速で、次々にレコードを引き出し、目当てのレコードや、気になるミュージシャンのものがあったりすると、瞬時に判断して手を止める・・・これの繰り返しだった。

考えてみれば、とても小さな店だったけど、行くごとになにか発見があったり、掘り出しものを見つけたりしたものだ。

話を井上尭之に戻すと、五十嵐はそんなプロミュージシャンに囲まれて仕事をしていたんだなぁ〜と、今更になって感慨深く思えるわけなんだ。五十嵐を最もベビーに聞いていた、小学校から高校時代は、五十嵐の回りのミュージシャンなんて、まったく気にかけなかった。せいぜい、作詞が誰で、作曲が誰でってその程度。でも今レコードやCDのスタッフに目を通すと、スゴイ人が一杯いるわけで、若くして北海道からプロの道に入った五十嵐は、このプロ職人達と出会い、さぞさぞ感動したり、自分がちっぽけに見えたりしたんだろうと思うんだよなぁ。

五十嵐が「はぴぃえんど」が好きで、レコードを聴きまくっていたことは、「あいつのモンタージュ」に書いてあるけど、そのメンバーである鈴木茂(五十嵐はラジオで「茂さん」と言っていた)が五十嵐の編曲のほぼすべてを当時担当し、またはっぴぃえんどのメンバーの大瀧詠一も「想い出のサマーソング」から加わって。

そういえば、その三角山放送で、大瀧詠一のレコーディングで五十嵐の「遠吠え」が録音されたことを語っていたっけ。普通、吠える場合は息を吐くが、息を吸って吠える・・・的なことを五十嵐が語っていて、これは笑ったぞ。

そういう大瀧詠一も「想い出のサマーソング」で、五十嵐のコーラスで名を連ねている。この曲の「フーライライライ ハァーアァー」は大瀧詠一だったんだなぁ。このレコードを買った時は、そんなの全く気にもしなかったけど。

結局、井上尭之をはじめとする偉大なミュージシャンに囲まれて、五十嵐の良さがより引き出されて、僕が五十嵐のことを好きになったというのは、間違いないと思う。三角山放送の時、半年に1回アルバムを作っていて(「ノーザンシーン」〜「そよ風の頃」)、各アルバム10曲で「捨て曲なんてあれば殺される」状態で、年間200ものライブをこなしていたという超ハードスケジュールをこなしていた五十嵐。

当時はファンとしてそれが嬉しかったけど、今思うと本当に大変だったのだと思う。五十嵐はメロディーメーカー、歌い手として、これだけのプロにかこまれて、もみくちゃにされなかがら、僕らの前に立っていたのだと今更ながら思う。

極端なことを言うと、ドリフ大爆笑の不朽の名作「もしも威勢のよい風呂屋があったら」の長さんのような状態だったのでないかと、思ってしまいもするわけだ。


まぁ、これは冗談だけど。

井上尭之はプロとしての音楽活動を引退し、今は北海道小樽にあるリハビリテーション施設でボランティアなどをやっているらしい。僕は偶然にも小樽へ向かう高速道路で、井上尭之が出演するNHKラジオを聞いた。涙がでそうになった。

posted by むし at 05:46| 北海道 ☔| Comment(2) | 五十嵐家の人々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月13日

冬子の朝

ギター弾き語り五十嵐宏明のアルバム国際楽譜出版社.jpg
※国際楽譜出版社「ギター弾き語り五十嵐浩晃のアルバム」より

「冬子の朝」は、ファーストアルバム「ノーザンシーン」のB面3曲目に入っている曲だ。
シングル「ペガサスの朝」のB面を飾る曲でもある。当時シングルで¥600-700円、LPアルバムとなると¥2500-2800円もするのだから、金のない中学生の僕は、シングルとアルバムの両方にある曲は、当然アルバムだけでシングルは買わなかった。考えてみれば、その方針は今も変わっていなく、シングルを買うことはないし、単曲のダウンロードもしない。

世間に流れるシングルカットの曲は、そのミュージシャンを好きになり、アルバムを買うキッカケにすぎないともおもうんだよね。だから、僕はシングルはあまり買わない。買ったといえば、ザ・ぼんちの「恋のぼんちシート」、クリキンの「大都会」、チャゲアスの「万里の海江田」他、20枚もないのでないかなぁ。

だけど、五十嵐の「ガールフレンド」、「オレンジの世界地図」はシングルレコードで買ったよ。しかたなくね。だって、アルバムが出ないんだもの。

まぁ、それはいいとして。きっと冬子の朝は、ペガサスと「朝・朝」でキメたかったんだとおもうんだよなぁ〜。半分ギャグで。そんな遊びの発想が五十嵐の事務所にかつてあったようなエピソードがある。三角山放送の時、五十嵐の当時の事務所の社長が、元スパイダースの井上尭之さんで、「ミルクレディ」が頼まれてもいないホクレン(北海道の農協の元締めみたいな会社)の牛乳キャンペーンCMソングをねらって出した、みたいなことを言っていたのだ。

当時北海道では、「ミルクランド北海道キャンペーン」みたいなことをしていて、盛んに「牛乳をもっと飲もう!」みたいなCMを流していたのだ。それに乗っかって、CMゲットみたいなところをねらったんだろう。きっと、半分ギャグみたいなノリだったのだろうと予測しているんだが、採用されなかったのだから、また笑い話になるんだよね。

それに、その五十嵐の事務所のメンバーには、世良公則がいたもんだから、井上尭之は、「世良が夏子なら、五十嵐は冬子だ!」みたいな、これまたそんなノリで、原曲のタイトルを強引に「冬子」にしたんじゃないかと、勝手に想像しているわけだ。

でも、僕は売れに売れた「ペガサスの朝」のB面が「冬子の朝」であったのは正解だと思っているんだ。「冬子の朝」はイイ曲だからだ。みんなは当然A面目的でシングルを買うわけだけど、B面を聞いてるうちに、B面の曲の方が好きになってしまうことって多いんじゃないかな。

僕もそうだった。A面の「恋のぼんちシート」はあっという間に笑えなくなったけど、B面の「オーバーチェア海」はこみ上げる笑いがあったんだ。クリキンの大都会だって、B面の「時流」の方が好きだった。あのねのねの「みかんのこころぼし」だってB面の「ありのままにいきたかったアリ」の方が面白かった。

だから、「ペガサスの朝」をそれ目的でかったものの、B面の「冬子の朝」に感動し、五十嵐ファンになった人だって、少なからずいると想像しているんだ。

♪まぶしぃ朝の〜光あびてキミは♪この聞き取れるかどうかの静かな小さい音で始まるこの曲は、サビの♪あなたぁ〜忘れない〜♪のボリュームアップで、鳥肌がたつのだ。「あなたを忘れない」でなく、「あなた忘れない」これが印象的で素敵だ。この歌詞は五十嵐浩晃&大杉実。

彼女と向かえた朝、寝起きの彼女の素朴な美しさと、そんな忘れ得ぬ彼女は今はいないという哀愁を歌った曲だが、「ふせめがちに幸せそうによそおってる」ってところで、彼女の暗い影が見え隠れするのだ。

僕はこの曲は初めて買った五十嵐のレコード「ノーザンシーン」で聞いた。このLPを買ったのは、とにかく「ディープパープル」が聞きたかったからなのだが、何度も全曲を聴いているうちに、「冬子の朝」にやられてしまった。

「あなたぁ〜忘れない〜」というところで、五十嵐の声が突然野太くなるのだが、この野太く変わる瞬間が五十嵐ボーカルのなんとも言えない魅力と感じるんだなぁ。

これは今後のブログで詳しく書くが、僕がはじめて行った五十嵐のライブ「ALL out ツアー」アルバム「そよ風の頃」をひき下げた全国ツアーだが、中学生だった僕達は、開場前の若いお姉さんたち一杯の行列の中で、おねえさん達が話しているのを耳にした。

「私は冬子の朝を聞ければ今日はいいの」

ぼくらの近くにいたお姉さんは彼女の友達にそう言っていたのだ。そのとき僕は「冬子の朝、いいですよねぇ〜」と話しかけたかったけど、中学生がOLのおねえさんにそんなこと話しかけられるはずがない。「なにぃ〜?この子、ゲロゲロ」と言われてしまうのがオチだ。

そういえば、去年の帯広ライブ「梵」で、五十嵐が国安修二さんと一緒に演奏した後で、聴衆に「何かリクエストありますか?」って聞いたんだ。
僕はすかさず「冬子の朝!」ってリクエストしたんだけど、五十嵐は「国安さんと一緒なので、僕の曲じゃない曲で」といったんだよなぁ。

その後、五十嵐と話す機会があって、「冬子の朝、リクエストしてくれて、ありがとう」とお礼をいわれたさ。そんなやさしい心配りに、僕は一票いれたい。

五十嵐事務所社長だった、ミルクレディでズッコケた井上尭之さんについても、いろいろ書きたいこともあるけど、それもまた今度にしとく。


上士幌コンサートをレポしてくれた池田で酪農をしているKさんが、この春メールをくれた。
「子牛が生まれました。名前はミルクレディです」


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posted by むし at 21:51| 北海道 🌁| Comment(6) | 楽曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月12日

2011.9.11 五十嵐ライブ@上士幌

このブログにたびたび登場する十勝の五十嵐ファン仲間である、池田在住Kさんが、昨日行われた上士幌商工生涯学習まつりin上士幌ふれあい公園 コンサートをレポートしてくれましたよ!!!

上士幌町は僕の住む帯広から車でわずか1時間!北海道外に住むファンのみなさんからは、うらやましい限りだと思うのですが、僕は行けませんでした(涙)。

子供の少年野球の付き添いがあって、厳しいとは思っていたんですけど、行けるかもしれないと少しは期待してました。だけど、朝から下のチビが高熱。さっそくKさんにメール。「曲名だけでも教えてくだせぇ〜」と。

Kさんは、ハッキリ言って、僕よりずっと五十嵐のことが好きだと思う。それは、ぼくが子供の熱程度のことで、コンサートを断念したのに対し、Kさんはわが子同然の牛の乳搾りをやさしい旦那さんに託してコンサートに行くと決めこんでいたからだ。それに、イガリンを語る時のKさんの瞳は、ハートの形をしておる。

コンサートが終わって、Kさんから、写メが届いた。
Kさんは、イガリンに「ブログに載せてい〜い(ハート)?」とまで聞いてくれて、イガイガも「い〜よ(ハート)!」と答えてくれたそうだ。
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1曲目「明日を信じて」
2曲目「愛は風まかせ」

写メで確認するに、少し霧かなって感じ。ギターはもってなくて、カラオケでの歌の披露となっているようだ。
110911_1710~01.jpg

3曲目「ディープパープル」
4曲目「ペガサスの朝」

やはりイベントということもあって、五十嵐のヒットソングメドレー。ちなみに僕は1曲目の「明日を信じて」があまりピンとこないという、五十嵐ファンの風上にもおけない奴なのです。たかやんさんのブログにこのタイトルのエントリーがあったし、他のイベントでもけっこう歌っているみたいなのに。

110911_1709~02.jpg

ラストソング「街は恋人」

110911_1626~01.jpg

本番前に、Kさんは五十嵐とお話できたそうだ。うーん。羨ましい!なんと、五十嵐が吸っていたタバコは昔と変わらず「セブンスター」だったそうです。ボックスのセブンスターだったと、細かいところまでレポしてくれました。

そして、これからが今回のメイン話題。

今年の春、三角山放送局の五十嵐特集のオープニング。五十嵐の曲で、聞くと「奇跡が起きる曲」がある・・・とのパーソナリティの振りがあり、五十嵐はそれを肯定はしたのだが、結局最後までその曲名を答えることがなかった事件があった。

五十嵐ファンのみなさんなら、それがどの曲か分かったのかもしれないけれど、僕にはサッパリ見当が付かなかった。Kさんはストレートにそのことを質問したのです。

五十嵐は「S・・・」と答えたそうですが、僕の知らない曲で、これについてはまだKさんの確認をとっていない。公開可能かどうか、その曲はどこで聴けるか等、ちょっと確認をとってから、また報告します。決してもったいぶっているわけではありません。ごめんなさい。

そして、イガブロの存在についても、チラっと五十嵐に言ってくれたそうです。コメントに本人登場!なんていったら、モノマネ番組の後ろから本人が登場して、僕はただただかしこまってしまうモノマネ芸人状態になるにちがいない。

いずれにしても、順番的にはたかやんさんのブログに登場して欲しい(なんてタヌキの皮算用なんでしょうか!!)。

それから、Kさんのレポはメール6通にも及ぶので、盛りだくさん。まだつづく。

五十嵐からの告知です。
−−−−−−−−−−−−−−−−
■9月25日(日)
北海道島牧村村民運動会
詳細未定
ステージイベントは12:30潤オ16:00の予定
出演予定 五十嵐浩晃/中田雅史/西本明
http://blog.goo.ne.jp/kokko0615/e/5698c90bdb7f60103cfa7009f7235e48

西本明って、ディスタンスやディスティネーションのアレンジをしていた西本明氏なのだろうか?五十嵐によるとこのお二人の生演奏でのライブとのこと。

中田雅史さんは島牧村出身のシンガーソングライターで五十嵐と一緒にイベントに出ることもあるので、彼のブログまさし歩記もチェックが必要かもしれない。

それからこれまた、心あたたまるお話で、Kさんが五十嵐から聞いてくれたことだ。
五十嵐は子供の頃から「手のひらを太陽に」の歌が大好きだったようだ。こんな元気な曲をつくりたいと思って出来たのが、「ペガサスの朝」だそうだ。

Kさん、五十嵐のことたくさん聞いてきてくれてありがとう!
感謝感激!!!!!!
タバコを嫌われながら吸っている僕としては、少し安心。
五十嵐さん、僕は行けなかったけれど、十勝に来てくれてありがとうございました。Kさんともども22日はよろしくねがいします!!
posted by むし at 09:58| 北海道 ☔| Comment(8) | ライブ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月10日

トワイライト・ボッサ

トワイライト・ボッサは、五十嵐5枚目のアルバム「そよ風の頃」のA面4曲目のナンバーだ。
この曲を好きだという人は多いと思う。
五十嵐もこの曲を気に入っているのではないだろうか。
僕の行ったライブでもこの曲が披露されれたことは多いし、札幌神宮でのフォーク歌声祭りでは、2009年、2010年と連続して披露されたようなのだ。

トワイライト・・・五十嵐と同期のシャネルズ「街角トワイライト」が流行ったとき、僕はトワイライトの意味を知る。「黄昏」・・・・もちろん、小学生の頃の自分には、「たそがれ」の意味すらわからなかったのだ。でも夕方と黄昏の違い、そのワビさびを小学生が理解できるわけでもないのだが、このトワイライト・ボッサを聞くと、なんとなく、黄昏トワイライトの「寂しさ」とか「哀愁」みたいなものが伝わってくるではないか。

ボッサは当然、ボサノバだ。

五十嵐の楽曲の特徴とも言えるボサノバ。実はヤングフォークという雑誌の、別冊教本で僕はギターを修得したのだが、五十嵐の「愛は風まかせ」が課題曲としてのっている。この教本の講師は小林雄二(六文銭のメンバー)だ。

話は少しズレるけど、今日は六文銭(五つの赤い風船)のメンバーである、ラグタイムブルースフィンガーピッキンガー中川イサトのライブに行って来た。昔のような華麗な指さばきは影を潜めたが、それをオヤジの味でおおいにカバーしていたとても素敵なライブだった。

「愛は風まかせ」はボサノバ奏法の課題曲。 ボサノバの意味すらわかないまま練習はしたけど、このボサノバは五十嵐の一つの特徴とも言える。小野リサや、南佳孝のようなあからさまなボサノバではなく、五十嵐ボサノバは、ボサノバかどうかもわからないけど、ボサノバで弾けばスッキリする曲がいくつかあるのだ。

このトワイライト・ボッサは、五十嵐の中でもボサノバらしいボサノバ。他にもボサノバは、「ブリージーナイト」「ミルクレディ」「インディアンサマー」「ひと夏のマリエ」「踊りあかせば」「あの朝」など数えたらたくさんある。また、ボサノバといわれれば、ボサノバ、と思わせる曲も多数あるのだ。

トワイライトボッサ.jpg
※アルバム「そよ風の頃」歌詞カードより

この曲は、最初の歌詞、
「一人でのんびりベランダにもたれて、タバコくゆらす黄昏」
このタイミングで聞いて欲しい曲だ。

僕は坂本九ではないけれど、「タイミング」を最重視する人間だ。
「この世で一番肝心なのは、素敵なタイミング」
これは真実だ。

すべてが、いいタイミングでその行動を起こすことにかかっている。
かつて実力主義者で、実力があれば、タイミングなんて計る必要はない。とずっと信じてた僕が、そう思うのだ。

あれは僕がはじめて子供を授かった深夜。

友達が二人、酒をもって僕の家に来てくれた。
本当に嬉しく、あんな素敵な飲み会は初めてだった。
すてきなタイミングだったのだ。

すてきなタイミングは過ぎ去ってしまう。
みなさんも、いいタイミングを逃さないようにしてください。
音楽も、そのタイミングで入ってくる。「トワイライトボッサ」は充実した一日を終え、「ふぅー」と一息、一服ふかしたくなるような黄昏に聞いてください。

ちなみにタバコくゆらすたそがれ・・・
五十嵐が当時吸っていたタバコは「セブンスター」です。
今の五十嵐はおそらくタバコを吸っていないと思う。去年のライブの懇親会の時は、吸っていなかったから(たかやんさん情報で吸っている画像を見たとのこと)。

♪遠くのテレビ塔いつしか灯がともる♪
テレビ塔というのは、札幌の中心部に位置するタワー塔だ。塔の真ん中にデジタル時計がある。
街にいるとこの時計がすぐ見えるので、これで時間の確認ができるわけだ。
テレビ塔は、札幌の住所の東と西の境界にある。北と南の境界でもある。まさしく、札幌の中心なのだ。当時五十嵐が住んでいたのは、西18丁目だったはずだ。ようするにテレビ塔から18丁西に行ったマンションに五十嵐は住んでいたはずだ。もちろん、今はちがうと思うけど。
当時18丁目には、僕の親友のN君が住んでいた。彼は五十嵐のコンサートやライブを一緒に見に行った仲間だ。彼の知り合いがどうやら18丁目のマンションに五十嵐がいたのを見たらしい。

僕の記憶では札幌の1丁は130m。だらから五十嵐のマンションからテレビ塔を眺めると130×18=2.34km離れたテレビ塔のネオンがいつのまにかついていた・・・ということだ。まぁ、どうでもいいけどね。

♪ホール&オーツ うすめのコーヒー♪
これはホールアンドオーツのレコード聞きながら、アメリカンコーヒーをのんで、たそがれていたのだろう。


♪追えない夢より遠くのものより、今はこのままがいいさ♪
この辺が大人じゃん。って感じがするよね。

この曲はこれからもずっと五十嵐が歌い続けられる曲だと思う。詩のように無理がないし、wing中の曲や「想い出のサマーソング」のように若い故に歌えるという曲でもなく、歌うほどに渋みが増す曲だからだ。

ちなみにこの曲の最後に、電話の呼び出し音が入れられている。

レコードではこの次の曲は「Love you」なんだけど、僕はつい最近までこの呼び出し音はLove youの振りだとおもっていたのだ。ところがベスト版を聞くと、トワイライトボッサの最後にこの電話が鳴って曲が終わっていた。

なんと、電話の呼び出し音は、トワイライトボッサの締めなのだ。
なぜ、電話の音を入れたのかはナゾだ。電話の呼び出し音で、気持ちいい黄昏のんびりが、遮断されたという意味なのだろうか?



posted by むし at 02:36| 北海道 ☔| Comment(10) | 楽曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月09日

秋田2号(秋田1号の間違い)

秋田2号.jpg
※旺文社「あいつのモンタージュ」より

※まだみんさんからの訂正で、「秋田2号」→「秋田1号」だったそうです!すみません!

秋田2号。狩人のあずさ2号のことではなく、米の品種ことでもなく、ジャガイモの品種のことでもない。かつて五十嵐が愛用していたギターのことである。五十嵐はしばらく、木目調の「秋田2号」というタカミネのギターを使っていた。昔ヤングフォークという雑誌があって、それにこのギターの話が載っていたのだ。僕は立ち読みして、五十嵐の記事や写真が多いとき、この雑誌を買ったことがある。

ちょっとズレるけど、当時、ポケット式の下敷きを使うことが流行っていて、ポケットの中にみんなそれぞれ、好きなアイドルとか、ミュージシャンのブロマイドや雑誌の切り抜きを入れるのだ。女子は当然たのきん、シブガキ、チェッカーズのようなアイドルの切り抜きを入れていた。なめんなよとか、ツッパリとか、いろいろあったけどね。

僕は五十嵐の切り抜きを入れていた。ヤングフォークの五十嵐の切り抜きだ。

その雑誌はもうどこにいってしまったか分からないけど、五十嵐のギター「秋田2号」の記事について、曖昧な記憶からその内容を書くと、五十嵐はコンサートの遠征先で、自分のギターがないことに気づく。どうしようもないので、急遽楽器屋さんに行って買ったのが、この「秋田2号」なのだ。

おそらく、五十嵐は秋田2号の音をとても気に入ったのだと思う。僕が行ったコンサートもこの秋田2号を使っていたし、トップに貼った「あいつのモンタージュ」に使われているこの写真も、これはおそらく「秋田2号」だ。

当時は肌色の木目のギターがスタンダードだった。安物から、縁に貝が貼られた高級品まであったんだ。ぼくは当然YAMAHAの1万円のギターの安物を持っていた。肌色の木目のやつ。
この秋田2号は焦げ茶色の木目だ。かっこよかった。

この秋田2号はたしかそれほど高いギターではなかったと思う。だけど10万ぐらいはするギターではなかっただろうか?これは曖昧な記憶だけど。

五十嵐が使っているこの秋田2号は、僕のあこがれのギターとなる。焦げ茶色の木目のギターがかっこよかったし、なんといっても五十嵐がとてもかっこよくこのギターを弾くからだ。でもとても中学生の手に届く代物ではない。

ところが、僕の中学時代の、音楽好きの友達のマリヒトが、このギターを買ったのだ。マリヒトは五十嵐ファンではない。その代わり、ハンパじゃないほど、アルフィーファンだった。とりわけ坂崎幸之助のファンだったのだ。マリヒトの家は金持ちなので、買ってもらえたのだろうけど、五十嵐ファンの自分としては、本当にうらやましかった。

その後、マリヒトは中学校の学校祭で、この「秋田2号」を掲げてライブをする。ベース、アコースティックギター、エレキギターの3人バンドだ。その名は、「ジ・アルフィー」!
そのまんまやんけぇ〜〜〜!もちろんオープニングは、メリアン。

マリヒトは黄色縁メガネに、カーリーヘアー(もちろん学校では禁止)。奴は天然パーマとウソをつき、カーリーヘアーに黄色縁メガネで毎日学校に通っていた。カーリーヘアーと黄色いメガネは、当時の坂崎幸之助のそれと全く同じだった。しかし、坂崎は背が低いけど、マリヒトは185センチはあろうと思われる大男。

そういえば、地域FMラジオ三角山放送局の五十嵐特集の時、五十嵐がアレンジャーの清水信之氏の元を訪ねた際、結局道具なんてたいした重要ではない。みたいなことを言われたことを話していた。五十嵐は、それはギターでも同じで安いギターでも弾き方で、いい音がでるんだみたいなことを語っていた。

五十嵐が何十万もするギブソンやマーチンを使わずに、秋田2号を愛用し続けたのも、五十嵐がそのギターでいい音を出せたからだと思うし、これは好みもある。僕はこれにまったく賛成で、社会人となって、自分の小遣いがある程度使えるようになったとき、10万円握りしめて、札幌の楽器屋「キクヤ」にギターを買いに行った。

そして、片っ端から10万以下のギターを弾かせてもらったのだ。たしかにギブソンやマーチンのギターは10万以下では皆無で弾けなかったけど、けっこう名の通ったメーカーのも弾いたんだ。
だけど、僕が買ったのは、4万円のエピフォンだ(韓国製)。エピフォンはエレキではけっこう高くて、いいギターを作っているが、アコースティックギターでは無名だ。

でもそれが一番いい音を出していたし、僕は気に入ったのだ。

話をちょっと、マリヒトに戻すと、地域FM三角山放送と地域がダブる、札幌中央区圏で、ラジオカロスというFMがある。実はこのラジオカロスは、マリヒトが立ち上げたFM局なのだ。ラジオカロスを調べてみると、あいかわらずマリヒトはぶっちゃけトークを炸裂させ、けっこう人気のパーソナリティーのようなのだ。

今は帯広でラジオカロスは聞けないけど、是非聞いてみたい。それにマリヒトは札幌地下街でライブをやったり、CDまで出しているというのだ。あいかわらず、ギター好き、音楽好きのようだ。僕からすると、雲の上のギターだった「秋田2号」は、マリヒトの手に渡って、彼がCDまで出したのだから、価値ある投資だったんだなぁ。


去年の帯広ライブに行ったとき、五十嵐はさすがに「秋田2号」は使っていなかった。だけどYAMAHAのギターをつかっていた。あいかわらず五十嵐のギターの音は心地よく、ツボを押さえたフレーズに聴き惚れた。
世の中、上手いギタリストは山のようにいるけど、ツボを押さえたギタリストは少ないと思う。テクニックに走りすぎて、ハイポジションで単音を早く鳴らしたところで、いいギターサウンドにはならない。
五十嵐のギターはいい感じだと思う。
(ってエラそうに言ってみた)


なんか、マニアックな話になってごめんなさい。
posted by むし at 01:01| 北海道 ☁| Comment(4) | イガwiki | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月07日

ブリージー

ブリージー.jpg
※アルバム ナチュラルロード歌詞カードより

五十嵐の音楽について、おそらくいろいろな人がそのジャンルについて語ったことだろうと思う。おそらく、五十嵐本人も、「五十嵐らしさ」とは何か?って何度も考えているに違いない。らしさとジャンルはちょっと違うけど、五十嵐の音楽をなにかの言葉で言い当ててみたいと思う人がいると思う。

僕の答えは「ブリージー」だ。


五十嵐の音楽は一般的には、ポップスにジャンル分けされるだろう。評論家富澤一誠著の「あいつのモンタージュ」では、「叙情派ポップス」と命名されている。これについては「?」って感じだけど、ちょっと引用してみる。

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まず、音楽性だが、千春、長渕、龍雲(永井龍雲)をあくまで、叙情派フォークとするなら、五十嵐はどちらかというとポップスだった。だが、単なるポップスではなく、叙情派フォークの雰囲気を残したポップスで、それゆえに、僕は五十嵐デビューしたときに”叙情派ポップス”とわざわざ名付けたほどだ。
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これについて、五十嵐の兄貴分であり、五十嵐を見いだし、北星学園大学時代のバンド「ブリージー」のメンバーである赤間敏彦さんは、同著でこう語っている(ブリージー解散についての発言)。

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ぼくは五十嵐の音楽は新しいと確信していました。フォークのようでフォークでなく、ポップスのようでポップスではなく、まあ、富澤さんが名付けた”叙情派ポップス”がピッタリなんですが、だからこそ僕は五十嵐をどうしてもたくさんの人に認めさせたかったんです。そのためには(ブリージー)をやめちゃダメだと思いました。でも、五十嵐も悩んでいたようですね。もっとボーカルが上手くならなくちゃしょうがないといつも言ってましたから。
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叙情派ポップスがピッタリというのは、富澤さんに対するリップサービスかもしれないけれど、フォークのようでフォークでなく、ポップスのようでポップスではない・・・ってのは言い当てていると思う。

五十嵐のウィキペディアでも、五十嵐がアマチュア時代、「ブリージー」というバンドをしていたというのは記載されている。「ブリージー」といえば、五十嵐ファンなら、2枚目のアルバムのB面の1曲目「ブリージーナイト」を思い浮かべると思う。

♪今夜は〜ブリージナイト 夜が明けるまで〜 今夜はブリジナイト キミと踊り明かそうよ〜♪
もし、ファンに五十嵐ベスト10をアンケート統計をとれば、僕は間違いなくこの曲はランクインすると思う。

そしてもし、五十嵐本人に、五十嵐ベスト10をつくってもらったとしても、このブリージーナイトは上位に入るとおもうんだけどなぁ〜。

僕が行ったことがある五十嵐のライブでは、必ずブリージーナイトを歌っていた。おそらく、五十嵐の中では、五十嵐のテーマソング的な位置づけなのではないかと、勝手に想像してるわけだ。
まだみんさんのブログでも、広島のラジオでブリージーナイトを歌っていたと書かれている。

ブリージー・・・・・・「そよ風」という意味だ。

「そよ風」といえば、「そよ風の頃」を思い出す人もいると思うんだけど、そよ風の頃の作詞には五十嵐が入っている。五十嵐は、このブリージー、そよ風そんな気流に何かこだわりを持っているような気がするんだよね。

ブリージーナイトのなんとも言えない「歌いやすさ」、「ノリの良さ」、「さわやかさ」。
僕はギターをやるんだけど、五十嵐の楽譜を開いて、まず最初に歌いたくなるのが、この「ブリージーナイト」だ。

何かをやりきったとき、嬉しいことがあったとき、そんな夜、そよ風にあたりながら、ブリージーナイトを歌ってごらんよ。

なんか、きっといい感じにならないべかw

僕はなるね。一人で死にたくなるような思いで、何度も徹夜しながら仕事を仕上げて、締切のプレッシャーの中の仕事が仕上がったとき、僕はこのタイミングで、ブリージーナイトを聞いたり、口ずさみたたくなるんだ。たかやんさんならわかってもらえるかなぁ。

だから、五十嵐の音楽ジャンルは、
五十嵐らしさは、
「ブリージー」ではないかと思うんだ。

五十嵐の音楽=ブリージー!
まあ、勝手に僕が言ってるだけだけどね。

五十嵐の外見、声、音楽的な爽やかさは、「そよ風」だよね。ブリージーだよね。
北海道の木立をすりぬけるような、緑多き札幌の街を流れるような。
五十嵐が育った静内の海岸を流れるような、サラブレッドの牧場を流れるような。

このブリージーナイトの作詞のクレジットには「大杉実」と書かれている。
このお方のことを僕は知らないんだけど、もしかしたら、アマチュア時代の「ブリージー」のメンバーなのかなぁー?ってなことを考えている。



五十嵐のアルバム「ノーザンシーン」から「そよ風の頃」までの5枚のアルバムのCD化を実現させましょう!「ブリージーナイト」を含む名曲の数々・・・、レコードでしか聞けない曲も多数。レッツ予約!あと50%で実現!
posted by むし at 06:47| 北海道 ☔| Comment(15) | ブリージー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月06日

wing

wing.jpg
※アルバム「wing」ジャケットより

スマッシュヒット「Because」を掲げたアルバム「wing」
五十嵐の4枚目のアルバムだ。
このアルバムが好きだと言う人は多いと思う。
僕もその一人だ。

A面(なつかC表現)の1曲目「ハートに火をつけて」のアコースティックギター前奏「チャンチャカチャ、チャンチャカチャ、チャンチャカチャカチャカ チャカチャ、チャカチャ」でボルテージが上がってしまうのは、僕だけではないと思う。

その後のボンゴでイってしまう。
これで、wingの勝ちだ。

その後もノリの良い曲、「Because」、「きっとVallely」、「お嬢さんお手やわらかに」、「言葉はいらない」、「つばさ」、「踊り明かせば」がこのアルバムの中心なのだ。

五十嵐といえば、「さわやかさ」ではないだろうか。
スプライトもスカッとさわやかだし。
とにかく、初期五十嵐を表現するには、「さわやか」以外ないと思う。
このwingは、さわやかさが突出した、五十嵐のアルバムで、車に乗っていたり、掃除をしていたり、朝一番に聞いたりするする曲としてはピッタリだと思う。

各曲については、またおいおい書こうとおもうんだけど、このアルバムについて、富沢一誠著の「あいつのモンタージュ」では、こんな風に書かれている。
あいつのモンタージュ.jpg

−−−−−−−−−−−−−−−−−−

昭和57年4月、五十嵐は東京信濃町にあるCBSソニースタジオにいた。
6月に発売されるニューアルバム「ウィング」のレコーディングをしているのだ。
一階にあるカフェテラスで、五十嵐はしみじみと話しかけてきた。
「今年に入ってから、なぜか”ぬけた”気がしています。昨年までは、なにかあったら北海道に帰ればいいやという甘えがあったけど、その甘えはもうありません。ここまできてしまったら、たとえ戻りたくても戻れない。後は怖くても前に進むしかないと言うことがわかったんです。本当に、もうやるしかないんです。」

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なんか、「ぬけた」というのがわかるなぁ〜って。
仕事でもなんでもそうだけど、「ぬけた」感じってある。
良く聞く表現では「開き直れた」ってことだと、僕は思っている。
きっと、五十嵐も開き直った、さわやかな気持ちだったのではないかなぁ。

「開き直る」ってけっこう難しい。
人はよく「開き直ってやれよ」なんて言うけど、そんなんで開き直れたら、もうみんなとっくに開き直っている。「開きなおる」には、その前の段階で頭をパンパンな状態にして、アレコレやってみてそれでもダメで、何日も何日もどん底みたいな気持ちになって努力して、八方ふさがりみたいな状態になった上で、はじめて「開き直り」ができてくる。
開き直ると、今までなんの充実感もなく、秩序もなく積み重ねてきた努力が、案外イイ線だったことに気づいたりするんだ。
地獄をみた後でなくちゃ「開き直り」なんかありゃしない。
物事のスタートで開き直ってみたところで、なんの良さも充実感もありゃしないんだ。

これは僕の想像でしかないけど、それまでヒットを連発してきた五十嵐がとてつもなく大きなプレッシャーの地獄の中で開き直ったアルバムではないかと、僕は想像するんだ。

だから、これはいいアルバムだ。
アルバムのテーマ曲は、wingだから「つばさ」だと思う。
僕は中高時代、この曲からものすごいパワーをもらったのだ。

そういえば、同じ十勝の五十嵐ファンである池田のKさんは、子育て中この曲を聴いていて、子供たちはこの曲が流れると大合唱をしたそうだ。「つばさ」と「ハートに火をつけて」と。

わかるなぁ。一緒に歌いたくなるもん。
五十嵐といえば、コーラスが一つの特徴だけど、「つばさ」はめずらしく男性のコーラスになっている。これがまたいい。アレンジャーである鈴木茂はコーラスの使い方がとてもうまい人なのだと思う。

この圧倒的な「さわやかさ」と「元気さ」
スプライトのようなアルバムwingはオススメの一枚だ。
抜けた五十嵐の傑作だと思う。
wingについては、また次ぎにも書こうと思う。

勝手に紹介しちゃうけど、自分のブログが検索で引っ掛かるかどうかを調べようと思って、「五十嵐浩晃+ファン」で検索してみたら、僕のブログの他に「まだみんの日々」が検索されました。五十嵐のお話が一杯あるとても素敵なブログです。是非みなさんも見てくださいね。

イガちゃん、ファンが一杯だから、頑張ってぇ〜!
上士幌、行けたらいくからねぇ〜!
池田のKさんは、早めに行ってイイ席とるそーですWWW
posted by むし at 01:41| Comment(2) | アルバム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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