2011年09月21日

ガールフレンド

ガールフレンド.jpg
※Red sky at Night 歌詞カードより

ガールフレンドは1984年に出た、五十嵐の9枚目のシングルレコードA面に入っている曲である。この曲は五十嵐のベスト版のDisk1(五十嵐のシングルA面を集めたCD)でCD化されている。僕が高校1年生の時にリリースされたシングルだ。

当時は五十嵐のリリース情報を、レコード屋に通って直接レコードがあることを確認するという、なんとも直接的な方法で得ていたが、ガールフレンドは、五十嵐ファンで僕の親友のN君が、「五十嵐シングル出てるゾ」と教えてくれたんだっけ。

僕はその後直接レコード屋で確認した。あった。うれしかった。当時は僕も高校生になり、バス→地下鉄→バス、というなんとも不便な方法で札幌郊外の高校に通っていたので、その途中によりみちする場所はたくさんあったのだ。ガールフレンドは、地下鉄とバスの中継地点である、札幌琴似の地下鉄の入り口紀伊国屋地下の玉光堂で、買ったんだ。

だが、僕は五十嵐のレコードがあるのを直接確認しつつも、しばらくはガールフレンドを買わなかった。なぜなら、「きっとすぐ待望のLPが出るに違いない」と思っていたからだ。シングルを買うも、同じ曲がLPに入っていたら、金のない当時は損した気分になり、ぼくはまるで、引き立て役の間の抜けたソバカス少年みたいではないか。

ところが、待てど暮らせどLPは出ない。五十嵐好きの度合いがピークに達していた頃だったので、目の前に五十嵐の新曲レコードがあるのに、それを買わないでいるなんて、まるでお預け食らったイヌではないか。当然僕はがまんができず、シングルのガールフレンドを買った。

この時は意識しなかったけど、僕の中でガールフレンドは

「五十嵐が変わった」

ターニングポイントとなる1枚なのだ。これはあくまで、僕の意識の中での話だけど。

それまでの五十嵐を色でたとえるなら、「グラスグリーン」「オーシャンブルー」「スカイブルー」「ブルースカイブルーは西条秀樹」「ウォーターブルー」というイメージ。ところが、ガールフレンド以降は、「黄昏オレンジ」というイメージだ。意識してかしてないか、ガールフレンド以降のジャケットは、「オレンジの世界地図」、「レッドスカイアットナイト」、「ディスタンス」、「ディスティネーション」等オレンジ系が地色となっている。

歌い方も、「元気な声を張り上げる、地声でバラード系を歌う」から、「やさしい歌い方、ソフトな歌い方」になったような気がする。

詩も「フレーズ勝負」から「ストーリー勝負」に変わったような気がするのだ。

ファッションも、ジーパンにシャツ、ジーパンにヘインズTシャツというイメージから、スラックスにジャケット(たまにド派手な黄色い衣装)に変わったようなイメージ。

要は、若者から大人に脱皮したような感じになったと思う。もちろん、編曲が鈴木茂から西本明に変わったり、スタッフやレコード会社が変わったりもしたのだろうから、当然といえば当然かもしれない。五十嵐が27-28歳の頃だ。

髪型もカーリーヘアーから、普通のヘアーに変わった。実はカーリーの断髪をしたのはもっと前で、「そよ風の頃」のジャケットはカーリーだったのだが、そよ風の頃のコンサートツアーではすでに髪を切っている。もし、ステージで断髪式をしたとすれば、最初にハサミを入れるのは、ライバル堀江淳、そして五十嵐が大好きだったシュガーベイブの山下達郎(このとき切ったハサミで自らの長髪も切り落とすというサプライズ)、アマチュア時代の兄貴ブリージーの赤間敏彦(ここで五十嵐の目に涙)、最後にハサミを入れるのは師匠の鈴木茂だろうか。

そして本題のガールフレンド。
この曲で長年理解できなかった(今も不明)ことがある。この詩のサビでもあるフレーズだ。
♪抱きしめたい  友達の前で♪
なぜ、「友達の前で」なのだろうか?

ガールフレンドの作詞は五十嵐本人だ。この詩には3人の登場人物がいる。
「ガールフレンドである君(女)」「主人公である僕(五十嵐)」「友達(一人もしくは複数)」
♪いつか二人夢をみていた土曜日の朝♪
♪二人で選んだ白いコート♪
♪寒くて震えていた二人の愛が終わり♪

間違いなく、二人は(ヤったかどうかは別としてw)好きあっていたのだ。
ところが、タイトルはガールフレンド。
ガールフレンドという言葉は、とても気軽で使いやすいけど、内容は複雑だ。友達なのか、彼女なのか、友達以上恋人未満なのか分からない。しつこいようであるが、ヤったかどうかもあいまいだ。もし、僕の息子に「俺のガールフレンド!」って女の子を紹介されたら、僕はどう思うだろう?「ヤったのか?友達なのか?」あぁぁぁぁ〜!もういっそのこと、彼女ですといってくれぇ〜!という気持ちになるのではないか?

明かに付き合っていたと思われる「君」と「僕」。
別れのストーリーのタイトルが、なぜに「ガールフレンド」なのか?なぜに「友達の前で抱きしめたい」のか?
これが、ナゾなのだ。

友達の前で抱きしめたいなんて思う人種は、アメリカ人ぐらいなのではないかなぁ。アメリカ人でも、僕のような間の抜けたソバカス少年タイプは、やっぱり二人きりの時に抱きしめたいよ。

そこで、今んとこの僕の結論はこうだ。
僕(五十嵐)もしくは君(ガールフレンド)の元カノ、元カレがきっと友達の中にいたのだ。だから友達グループの中で、二人の恋仲は公表できなかった。だから、表面上は「ガールフレンド」なのだが、本当は二人は愛し合っていた。そんなストーリーを想像している。

だから、「友達の前で抱きしめて」二人の仲を知らしめ、コソコソ付き合っているのは、もうヤメたい!ということなのだと、勝手に想像している。

女というのは、そのような煮え切らない状態が嫌いなんだ。だから「もうダメみたい」と言って、五十嵐は振られたんじゃないかなぁ。男は友達に元カレがいて友人関係が気まずいってのは、究極的にテレくさいし、友達も大事なんだ。

♪何もできない 多分君なしでは。 わかっているハズなのに なぜ言えないのか♪
女は煮え切らない野郎だなって感じだろう。

だが、男の僕としては・・・・・・

「わかるよ、イガリン。わかる。」





posted by むし at 07:54| 北海道 ☁| Comment(8) | 楽曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
むしさんこんにちは〜♪
もうっっおもしろい!!!
五十嵐さんの歌詞は謎なものが多いので想像力が働きますよね。でも自分流の解釈を文章にしてしまうむしさん、おもしろいです〜♪
ペガサスも謎ですよね〜当時売れてるけどみんなどういう解釈なの〜と思ってました。五十嵐さんの作詞じゃないけど五十嵐さんはどう思ってるのか知りたいです。

今日は帯広のライブの日ですね。
このコメント読むのはライブ終わってからかな?
ライブの報告楽しみにしてますね。
Posted by まだみん at 2011年09月22日 17:12
あまり歌詞を深く追求してなかったので、あとで改めて真剣に聴いてみます。

五十嵐さんが「黄昏オレンジ」、私もそう思ってました。真夏の真昼間に聴いても、秋の夕暮の気分になるのです、私は。

秋といえば、五十嵐さんの新曲はいつ出るのだろう。
Posted by ゆかり at 2011年09月22日 18:23
まだみんさんへ

ありがとうございます!「おもしろい」という感想が一番嬉しいのです。僕は五十嵐を通じて、自分の思い出や、自分の感想や妄想などを書いているので、みなさんにいかに興味を持ってもらえるかが、僕としては一番気になるところなんですよねぇ〜。

ペガサスの詩については、ブログで書こうと思うのですが、「フレーズ」で勝負している曲で、詩の流れにストーリーはないと思います。

「汗の滴きれい」「旅のはからい感謝」「ハローグットサンライズ」「朝も生まれたて」「僕ら生きている」
このような元気の出るフレーズを組み合わせて、ペガサスのように壁を、夢を、すべてを乗り越えようぜ!って歌だとおもうんですよね。

イガリンはどう思ってるのかなあ。

おっしゃる通り、ライブを終えてから、まだみんさんのコメントを確認して、読ませていただきました。ライブの報告は何回かにわけてお伝えいたします!!
Posted by むし at 2011年09月23日 02:15
ゆかりさんへ

「黄昏オレンジ」共感してくれて、ありがとうございます。実は車に乗っている時に、五十嵐のカラーって、なんかオレンジっぽいし、トワイライトボッサ、サマートワイライト、なんかあるし、ガールフレンドをはじめ、ジャケットの色も変わったことを思いついたのです。

五十嵐の黄昏は、哀愁とか、寂しさというより、爽やかな黄昏って感じなんですよね、僕は。秋のたそがれなら、まさにインディアンサマーですよね。

小春日和、西日の中で、あなたを思っているっていう感じです。

ニューアルバムについては、今日五十嵐からの告知があったのですが、まだ発売は未定で、10月にレコーディングが入っているそうです。本当に楽しみですね!!!!
Posted by むし at 2011年09月23日 02:24
はじめまして。
こんな素敵なブログがあることを最近知り、楽しく読ませていただいています。

「ガールフレンド」のストーリーについて、むしさん説を面白く読みました。
私も発売時、どんなストーリーなのかなぁと考えていたことがあるので、ご紹介させてください。

女性:彼がいて遠距離恋愛?もしくはもう彼の心が離れていると感じてる。
男性:女性の友達で相談者。でも彼女のことが大好きで大切に思っている。
友達:2人の共通の友人。女性の彼かも知れないし、男性が女性に好意を持っていることも知っている。

歌詞はじめの「もうだめみたい。。。」は、女性が彼との別れを決意して、男性に言った言葉だと思っていました。
と同時に、相談していた男性への別れの言葉だとも。

男性は、親身に相談にのっていて、彼と喧嘩したときなんかは、夜中でもかけつけたりする。
もしかしたら、彼にも「彼女をどう思ってるんだ!」なんて、言った事もあるかも。そんな中で、もう彼の心が女性にないこともわかっていたりして、、、。
その一方で、自分の想いも抑えきれない。

女性の方もそんな男性を悪くは思っていなかったので、もしかしたら段々に「彼」<「男性」となってしまっていて、朝を一緒に迎えたり、コートも選んであげたりして、彼にしたいことを代わりに男性にしていたかも。

でも、何かのきっかけ(彼が戻ってきた?またははっきり彼とは駄目だと感じた?)があり、それに気がつくと同時に、やはり「男性」≠【彼】とは見ることができない事にも気づいたのでは。

男性も、女性が心から自分のほうを向いていないんだと感じていた。
だって彼のことが好きでたまらない女性を見てきているし、自分と一緒にいてもどこか心ここにあらずだったのでは。
だから、友達の前で彼氏宣言も出来なかった、してはいけないと思っていたんだと思います。

結局、女性は彼とも男性とも別れ、新しい人生に踏み出して行き、男性にとっては、やっぱり女性は彼女ではなく、「ガールフレンド」だったんだ。というストーリーではと思っていました。

なんか、月9のドラマみたいと当時思った記憶があります。懐かしい想いがよみがえってきました。

こういう「いい人」のストーリーを歌う五十嵐さんは最高です。(内心では「もっとがんばれー!」って応援しちゃうんですけどね。)

これからもブログ楽しみにしています。
初コメントで長々と申し訳ありませんでした。
Posted by 三輪車 at 2012年04月08日 13:02
三輪車さんへ

はじめまして。むしといいます。
コメント頂き、ありがとうございます。法事やらなにやらで、なかなかお返事できずすみません。

三輪車さんの解説。なるほどと、うなりました。
まず、「もうだめみたい」というセリフが、第三者である「友達」に対して言ったというところが、まったく私のイメージには無かったですね。

たしかに、そう考えるとつながりますね。ストーリーが。彼女の彼は、「友達」だったわけですね。そして僕にとって彼女は結局「ガールフレンド」に過ぎなかったと考えると、やたらと、この「ガールフレンド」っていう肩書きが、切なく、哀愁に満ちて見えて、冴えたタイトルになります。

「抱きしめたい友達の前で」っていう私の疑問も、これなら説明が付きますね。まぁ、「二人の間を知らしめたい、僕の方が彼女を大事にできる」みたいなね。

まぁ、結局はガールフレンドどまりってところなんですけど。このストーリーで考えると、私なら「ボーイフレンド」っていうタイトルにするかなぁ。彼女にとって僕は「彼」ではなく「ボーイフレンド」に過ぎなかった・・・ということだから。

僕にとって、彼女はやっぱり「ガールフレンド」以上のものだと思うから、僕目線のタイトル付けで「ガールフレンド」はどうだろう・・・

なんて考えると、切りがありませんね。
でも、このブログを読んで頂き、同じテーマについて考えていたなんて、なんか感慨深いです。
だって、30年近く前のシングル盤・・・について、同じようになんか引っ掛かっていて、30年後にそれについて、語れるなんて、なんか不思議です。

>こんな素敵なブログがあることを最近知り、楽しく読ませていただいています。

とても嬉しいですねぇ〜。ありがとうございます。
今は仕事が忙しくて、更新を中断してますけど、今月中にはまたブログ更新できると思います。

こんなブログでよければ、いつでも寄っていってくださいね。
Posted by むし at 2012年04月10日 06:05
全く覚えていない
でも、そうだったかも

N
Posted by こーへー at 2016年12月14日 01:31
そうだったの。
Nくんに教えてもらいました(笑)
Posted by むし at 2016年12月15日 14:35
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