2016年01月06日

ちあき哲也

ボクがブログを休んでいる間に、五十嵐家の人々の訃報がけっこうあった。
五十嵐の尊敬する大滝詠一、五十嵐と何度も共演しているだろう北海道のジャンボ秀克、デーブマン、そしてなんといっても五十嵐の名曲の数々の作詞を手がけたちあき哲也である。

ちあき哲也(1948年6月11日−2015年5月10日 66歳 五十嵐より8歳年上)
ちあきてつや.jpg
出典:http://news.goo.ne.jp/entertainment/talent/M09-2146.html


パラレルワールド。

あの時、違った道を歩んでいたら、現在はどうなっていたんだろうという世界。藤子F不二雄は、ドラえもん、パーマンなんかが代表作だけど、本当はパラレルワールドを描いた彼の短編集こそがすばらしいんだ。その中でも一番好きなのが「ノスタル爺」だ。


五十嵐をもっとも良く聞いていた小学生高学年から中学生の時代。ボクは意味もわからずにちあき哲也の歌詞を聴いていた。でも大人になった今でも意味そのものはよくわからないんだ。だけどイメージは子供の頃からよく伝わっていて、大人になった現在もそのイメージの解釈に大差はない。

何度も聞いたちあき哲也の歌詞。これは確実にボクの潜在意識に溶け込んで、ボクの様々な判断や感傷に大きく関わっているはずである。おそらく、ちあき哲也がいなかったら、彼の詩にふれることがなかったら、今の自分は全然違う自分だったかもしれない。

一度もあったこともないちあき哲也、日常生活でほとんど意識することなく、せいぜい五十嵐のレコードを聴くときに眺める歌詞カードに目を通す時に、一瞬だけよぎるにすぎない彼に、もしかしたら僕ら五十嵐ファンはとてつもない影響を受けて、人間性が形成され、人生の方向付けをされているのかもしれない・・・というか、程度はあるにせよ絶対そう。

人は本当に影響しあい、支え合っているのがわかる。逆もある。ボクの小学生の少ない小遣いから買った五十嵐のレコードで、ちあき哲也に何円かが収入として入り、それでラムを飲みながら推理小説を読んでいたのかもしれないのだ。

ここでちあき哲也作詞の五十嵐の曲をあげておこう。歌詞カードなどで確認したんだ。29曲あったよ。


<ノーザンシーン>
・夢泥棒
・ディープパープル
・愛は風まかせ
・デ・ジャ・ヴー
・ミルクレディー

<ナチュラルロード>
・ペガサスの朝
・フォギーナイト
・小さな明日
・雪が降る前に
・ナチュラルロード
・流星群
・イノセント
・いつまでも

<セーリングドリーム>
・想い出のサマーソング
・星に願いを
・インディアン・サマー
・朝のシルエット
・ひと夏のマリエ
・ララバイグッバイ
・家路
・初恋の街
・サフランの花(コレクターBOXに収録)

<wing>
・ビコーズ
・踊り明かせば

<そよ風の頃>
・LOVE YOU(田口俊と共作)
・デ・ジャ・ヴーU
・グッバイメモリー

<Redsky at Night>
・December Rain

<BREEZY>
君だったのかもしれない


ディープパープル
どうして むくわれないものが好き?
つく傷は いつも一色 そしてこんな旅を


状況がよくわからないんだけど、せつなすぎるんだよ。


愛は風まかせ
愛は風まかせ ほんのひと吹きで 他のいとしさへ

なんなんだよ、この大人な感じ。

ペガサスの朝
熱くもえる まるでかげろうさ
汗のしずくが とてもきれいだよ
めぐりあいは だれもいない海
旅のはからい 感謝したいのさ

意味わかんないけど、なんだよ、このモリモリとわいてくる元気は。

雪が降る前に
ひろがる星座は もう一つ年上
思いあたるやきもちにも やさしさで今なら
愛してると愛してるとはじめてのように

意味わかんないけど、この切なさは異常・・・

ナチュラルロード
かすかな惑い たちきるように 鳴り止んだベルが
後にさせた 街はいつか たそがれ・・・

意味わかんない。だけど見える。


イノセント
光が薔薇にそめる海を とおく聴けば
いつか荒れたこころに帰る ひとのやしさ

意味わからないってゆーか、すべてが矛盾してるけど、やさしすぎる。

インディアン・サマー
そして秋ふと訪れた 海沿いの白い部屋は
テラスの向こう たそがれの埠頭
カモメたちがはしゃくだけ

なんなんだ、情景だけなのにこのむなしい感じ。

家路
静けさに波をたてながら
駆け抜ける 風と淋しさが
すれちがうたそがれ・・・


淋しいんだけど、じーん。風と淋しさがすれ違うたそがれ。

誰もきっとやさしいものを
さがしてるのに
今ときのいとなみだけが
風の中 美しい街

ビコーズ
涙をふいてもう一度
あの好きだったほほえみを
人は時間とひきかえに
ふとなれるのさひとつ強く

意味わかんないけど、なんか真理っぽい(笑)

LOVE YOU
自転車で光る街
風をうけかけぬけてた
すれちがう 君はさわやかすぎたね あまりに

この詩がさわやかすぎるから。

デ・ジャ・ヴーU

その先の一言は とりかえしつかないから

これはね。教訓だね。


本当に伝わるなぁ。やっぱりね。すばらしい詩ですね。


Collectors Box 1980-1985のライナーノートにもちあき哲也のことが書いてあるので引用する。

そして「SAILING DREAM」の名曲と言えば(笑)、「インディアンサマー」だ。今でもだいたいコンサートの時には歌う曲だ。作詞はちあきさんなのだが、とにかく詩がすごいと思う。♪そして秋 ふと訪れた 海沿いの白い部屋はって もう歌入れの時の出だしの♪そして秋って歌うと脳天がやられた(笑)!


wikiを見るとちあき哲也は、大学卒業後浜口庫之助に師事。作品を認められ、作詞家デビュー。とある。

浜口庫之助(はまぐちくらのすけ)は戦争にも行ったバンドマン出身、作詞も作曲もするソングライター。
黄色いサクランボ、僕はないちっち、バラが咲いた、空に太陽があるかぎり、人生いろいろ等など、名曲をたくさん手がけている人で、その弟子ということになる。

永ちゃんの「YES MY LOVE」 いいさ ほんの おもい ちがい それで  この3文字攻撃w

ほんの ほかの  そうさ  あさい  ゆうべ まあ、愛風も3文字攻撃

フレーズ重視。伝わる言葉をものすごく集めているコレクターなんじゃないかなぁと思っている。

作曲については、五十嵐はじめ筒美京平、都倉俊一、後藤次利、小室哲哉、織田哲郎なんかのヒットメーカーがいるわけだけどけっこう多様性があるようなイメージだ。ところが、作詞については、阿久悠、松本隆、売野雅勇、秋元康などヒットメーカーが偏っているイメージ。僕の予想では、これはどうしてかというと、作詞というのは、実はけっこう技術的なもので、ある高いレベルをクリアすると高い確率でイイ詩が書けるのではないかとおもっているんだけど。

ちょっと作詞について考察したらキリがなくなるので、ここで止めるけど、作詞には何か極秘な技術があるのではないか・・・などと思っているところです。


まぁ、いずれにしろ、僕はちあき哲也に知らずに影響され、今現在このような人間性で、このような人生を歩んでいるわけです。
そして、五十嵐ファンの方々すべてにそれが当てはまるような気がして、ちあき哲也さんに本当に感謝を送りたい気持ちなわけです。
posted by むし at 01:20| 北海道 ☔| Comment(8) | 五十嵐家の人々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月13日

境長生

先週木曜日は早朝から出張だったのだ。
帯広を出て、北見で打ち合わせ。その後美幌、弟子屈(てしかが)、中標津、標津と回り、土曜日の深夜(もう日曜日)に帯広に到着。長い長い600kmほどの道東ドライブだった。

北海道.jpg

行きは早朝から昼間の移動で、天気が良かったので、平野部ではプラスの気温で水たまりなんかもあったのだが、峠はもちろん極寒。そのせいもあってか、車にはとけたり凍ったりを繰り返したチョコレート色のつららが付いている。

峠1.jpg

摩周で車を降り、コンビニでタバコと缶コーヒーを調達して戻ると、なにやらタイヤに付いている。

峠3.jpg

な、なんだ!?この造形は!!!

峠2.jpg

た、太陽だ!いや、イタリアの真実の口のような、とにかくキモく、芸術的だったので、たくさん写真を撮った。おそらく、融けたり凍ったりで、泥よけなどからホイールにポタポタと水滴が落ち、それがタイヤ中心部の軸から放射状にほとばしり、それが冷凍庫のような峠の寒さで凍り付き、このようなキモかわいい造形ができたのだろう。

こんな経験は初めてだ。さて、五十嵐の話題・・・というか、今日は五十嵐少なめなんだけど、「五十嵐家の人々」ということで、五十嵐の回りの人の話をしよう。





ミュータウンレコードのホームページにあるニューアルバム「Breezy」に寄せての五十嵐のコメントがVol.1から現在のところVol.11まであって、とても興味深く読ませてもらっているところだ。

そこには、アルバム「Breezy」ができるまでの出会いや、影響を受けたミュージシャンのこと、デビュー前のアマチュアバンドBreezyの活動や、そのときの仲間のことまで書かれている。

五十嵐がアマチュア時代、おそらくこれは五十嵐が大学3、4年生の時代だとおもうんだけど、堀江淳、横山輝一、野呂さん(このお方は知らない)、蠣崎弘・境長生(ZIG・ZAG)など、後にレコードデビューする逸材が次々に誕生する、まさに札幌音楽革命(五十嵐談)が起きていたということなのだ。

五十嵐がこの当時21歳から23歳ぐらいの間だとおもうんだけど、その頃同じ札幌で時を過ごしていた僕はといえば、ピンクレディーや松崎しげるなんかが好きだった小学校低学年。さすがにまだ音楽を進んで聞くような年ではなかったのだ。


もし、僕が高校生だったなら、きっと五十嵐が活動していた文化屋に通っていたのかもなぁ〜なんて考えてしまうんだ。

もちろん、堀江淳は「メモリーグラス」、横山輝一は「ラビンユー」なんかでおなじみだったわけだけど、このZIGZAGというバンドのお二方、蠣崎弘・境長生については全く知らなくて、五十嵐のこのコメントを見て初めて知ったわけだ。

そしてyoutubeなどを検索して、横山輝一や堀江淳、蠣崎弘なんかの音楽を聴いていたんだけど、なかなかいいわけ。とりわけ強く心惹かれたのは、境長生(さかいちょうせい)。

それで、境長生のブログを見て、インディーズで出しているCDを札幌4プラ7F自由市場にあるミュージックショップ「音楽処」から通販で買ったんだよね。

この4プラ7F自由市場は、僕が子供の頃、街に行くと心躍らせて通った、中古レコード屋レコーズレコーズがあった場所なのだ。今でもあるのかなぁ。

アンダートーン.jpg

2010リリース 境長生 「under tone」

なに?コレ・・・

めっちゃめちゃイイんだけど!

なに?オレ、中学時代の感性を取り戻したか!?
とても気に入った。なんで境長生、知らなかったんだぁ。

とりあえず聞いてくれ。境長生「under tone」から3番目のトラックに入っている「ひまわり」。



ひまわり.jpg

まだ、「under tone」を聞き始めてから日が浅いんだけど、今のところこの「ひまわり」が一番のお気に入り。
この境長生のメロディーは本当に多様だと思った。ボクシングでいうとワンツーからフック、アッパー、ボディー、ストレートと次々に休みなく繰り出す感じ。1ラウンド持たないぐらい次々に手数を出している。そしてアコースティックギターも見せ場が多く、聞き入ってしまう。

メロディーは五十嵐と同じくミディアム調で、微妙な音をつないで、いい感じを出している。だけど曲調は五十嵐とは全く異なっている。五十嵐のようなポップな感じはあまりなく、渋くて重みがある曲調となっている。

五十嵐同様ボサノバ調の曲もいくつかあって、とてもいい感じだ。ギターは力強く、とても上手い。アレンジもハマっていて、好きだなぁ〜僕は。このアルバムは境長生のアコースティックギター、ボーカル、コーラス(一人三役)、そしてベースとピアノというとてもシンプルな構成だ。そしてアレンジとプロデュースも境長生本人だ。

五十嵐も境長生も札幌を根城にしているミュージシャンだから、今でも会って話したりするのかなぁ。僕の実家からバスで20分ぐらいのところにある、ばんけいスキー場のイベントで、二人は共演したみたいだけど。

続いて「under tone」の1番目のトラック「星空」を聞いてくれ。



星空.jpg

ギターがカッコイイ!
なんか、いろんなメロディーが入っていて、聞き飽きないぞ!
僕は矢島美容室(とんねるずとDJオズマ)が歌った「ニホンノミカタ」がかなりお気に入りソングなんだけど、これもメロディーがたくさん詰め込まれている曲なんだ。

CDではコーラスも入っている。境長生自身によるコーラス。このコーラスもいいんだよ。

なんでこんないいミュージシャンがインディーズからリリースしているのか不思議だ。というか、自身でプロデュースしてインディーズから出しているんだから、とても立派なミュージシャンなんだけどさ。かつて境長生はメジャーデビューをしていて、アルバムもシングルもリリースはしているんだけど、もっともっとメジャーになってもいいと思うんだけどなぁ〜。

境長生は五十嵐とほぼ同年代だと思う。僕が一番すごい時代だと思っているアラウンド'80の時代を生きていたミュージシャンだ。世代的には、フォーク的に言えばポスト拓郎、陽水って感じなんだけど、すごいなぁ。

これはやはり五十嵐の言う通り、札幌音楽革命だよね。好きなミュージシャンが増えてうれしい。それも五十嵐と同じ場から生まれた人なんだから、なおさら応援したくなる。

境長生「under tone」は僕のオススメの1枚だ。
音楽処からネット通販で手にはいる。もし、youtubeなんかでイイと思った人は是非どうぞ。詩もとてもいい。

アンダートーン裏.jpg

「笑顔の似合わない人なんていない」(パウダースノーVより)
一度、言ってみたい台詞だね(笑)。

帯広に来たら是非ライブに行ってみようと思う。
posted by むし at 02:20| 北海道 ☔| Comment(13) | 五十嵐家の人々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月19日

井上尭之


この春のFM局三角山放送局の五十嵐特集の時、五十嵐の事務所の社長(社長ではないようなコメントもあったけど)が井上尭之さんで、井上尭之曰く「五十嵐にはたくさんの金をつぎ込んだ」というような話があったんだ。

僕はそのとき、はじめて五十嵐と井上尭之の関係を知った。
驚いた・・・
別に五十嵐のプロデュースに多くの金を使ったことに驚いたのではなく、五十嵐と井上尭之がそんな親密な関係であることに驚いたのだ。

井上尭之については、もちろん「ザ・スパイダース」のギターで、「傷だらけの天使」、「太陽にほえろ!」など多数の演奏を手がけてきて、冒頭のyoutube「愚か者」を作曲した人でもある。

「愚か者」で思い出すのが当然マッチ(近藤真彦)なのだが、井上尭之のこの弾き語りではじめて、この曲の良さを認識したわけだ。アイドルで、若くしてこの曲を歌うことになったマッチが悪いわけではないけど、僕はだんぜん井上尭之の歌やギターにシビれる。

ショーケンの「愚か者」も、すべてさらけ出してイっちゃってる感じがいい。


井上尭之のレコードを僕は持っている。「太陽にほえろ!サウンドトラック」。このレコードはもちろん井上尭之バンドが好きで買ったワケではなく、太陽にほえろ!の様々な挿入曲を聴きたかったからなのだが、僕がはじめて井上尭之という名を意識するキッカケになったのだ。

この「太陽にほえろ!」のサントラを買ったのは、僕が小学生か中学生の頃、札幌にある4丁目プラザ(通称4プラ)、7階自由市場にあった古レコード屋「レコーズ・レコーズ」だ。

「レコーズ・レコーズ」は当時札幌でも数少ない中古レコード店で、僕は街に出かけると必ずレコーズレコーズに寄って、興味があるジャンルのレコードを物色したものだ。五十嵐には申し訳ないけど、金がない頃でもあったので、五十嵐のレコードもアルバム「ナチュラルロード」、「想い出のサマーソング」の2枚はこの店で中古で買った。

レコーズレコーズには少なくとも毎月以上の割合で行った。小学生の頃から行っていたので、僕は正面に縦置きされている大量のレコードを、奥の方から次々に引き出し、ジャケットを確認する手さばきはけっこうなモノだった。高速で、次々にレコードを引き出し、目当てのレコードや、気になるミュージシャンのものがあったりすると、瞬時に判断して手を止める・・・これの繰り返しだった。

考えてみれば、とても小さな店だったけど、行くごとになにか発見があったり、掘り出しものを見つけたりしたものだ。

話を井上尭之に戻すと、五十嵐はそんなプロミュージシャンに囲まれて仕事をしていたんだなぁ〜と、今更になって感慨深く思えるわけなんだ。五十嵐を最もベビーに聞いていた、小学校から高校時代は、五十嵐の回りのミュージシャンなんて、まったく気にかけなかった。せいぜい、作詞が誰で、作曲が誰でってその程度。でも今レコードやCDのスタッフに目を通すと、スゴイ人が一杯いるわけで、若くして北海道からプロの道に入った五十嵐は、このプロ職人達と出会い、さぞさぞ感動したり、自分がちっぽけに見えたりしたんだろうと思うんだよなぁ。

五十嵐が「はぴぃえんど」が好きで、レコードを聴きまくっていたことは、「あいつのモンタージュ」に書いてあるけど、そのメンバーである鈴木茂(五十嵐はラジオで「茂さん」と言っていた)が五十嵐の編曲のほぼすべてを当時担当し、またはっぴぃえんどのメンバーの大瀧詠一も「想い出のサマーソング」から加わって。

そういえば、その三角山放送で、大瀧詠一のレコーディングで五十嵐の「遠吠え」が録音されたことを語っていたっけ。普通、吠える場合は息を吐くが、息を吸って吠える・・・的なことを五十嵐が語っていて、これは笑ったぞ。

そういう大瀧詠一も「想い出のサマーソング」で、五十嵐のコーラスで名を連ねている。この曲の「フーライライライ ハァーアァー」は大瀧詠一だったんだなぁ。このレコードを買った時は、そんなの全く気にもしなかったけど。

結局、井上尭之をはじめとする偉大なミュージシャンに囲まれて、五十嵐の良さがより引き出されて、僕が五十嵐のことを好きになったというのは、間違いないと思う。三角山放送の時、半年に1回アルバムを作っていて(「ノーザンシーン」〜「そよ風の頃」)、各アルバム10曲で「捨て曲なんてあれば殺される」状態で、年間200ものライブをこなしていたという超ハードスケジュールをこなしていた五十嵐。

当時はファンとしてそれが嬉しかったけど、今思うと本当に大変だったのだと思う。五十嵐はメロディーメーカー、歌い手として、これだけのプロにかこまれて、もみくちゃにされなかがら、僕らの前に立っていたのだと今更ながら思う。

極端なことを言うと、ドリフ大爆笑の不朽の名作「もしも威勢のよい風呂屋があったら」の長さんのような状態だったのでないかと、思ってしまいもするわけだ。


まぁ、これは冗談だけど。

井上尭之はプロとしての音楽活動を引退し、今は北海道小樽にあるリハビリテーション施設でボランティアなどをやっているらしい。僕は偶然にも小樽へ向かう高速道路で、井上尭之が出演するNHKラジオを聞いた。涙がでそうになった。

posted by むし at 05:46| 北海道 ☔| Comment(2) | 五十嵐家の人々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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